2019.10.03

SDGsを据えたBtoB Techのコンテンツと編集のヒント ~独SAPに学ぶ~

国連によって、2030年までに政府や私たち企業が達成すべき目標はより明確になりました。

世界の深刻な社会課題の解決が多くのステークホルダー(利害関係者)にとって益々重要になるなかで、今日では世界中のビジネスリーダーたちが、持続可能な繁栄への未来にブランドをシフトすべく、思考と実践の旅を支援する洞察やケーススタディを探しています。

本記事では21世紀の成功とリードを望む企業に向けて、BtoB Tech分野における世界的なSDGsリーディングカンパニーである独SAP(以下SAP)の特設コンテンツSAP and UN Global Goalsから、自社のストーリーを外の世界と共有する際に押さえておくべき、いくつかのヒントを抽出しました。

地球や社会の痛みと向き合うことで持続可能な競争優位を創造する知性の縮図から、コンテンツ作りと編集の領域において、調整すべきキープラクティクスを考えます。

顧客と世界の人々を中心に据えるPurpose──…「SAP and UN Global Goals」の全体像

「Help the world run better and improve people’s lives. That’s been our purpose from day one. So when our customers have the next big idea to save a species, transform an industry, feed the hungry, support equality, or provide relief worldwide – we deliver the right technology to help them run at their best and achieve their vision.」
(世界の運営を改善し、人々の生活を改善します。それが初日からの私たちの目的でした。お客様が種を救い、業界を変革し、飢えた人々を養い、平等を支援し、世界中に安心を提供するという次の大きなアイデアを持っている場合、私たちは彼らが最善を尽くしてビジョンを達成するのに役立つ適切なテクノロジーを提供します)。

上記は、SAPのPurpose(存在意義や目的などの意)です。「SAP and UN Global Goals」のトップページでは、貧困のない世界、より健全な地球、公正で平和な社会という経済的な成功を超えた積極的な宣言をもって、SDGsとの関連性に焦点をあて、国連によるグローバル目標の枠組み全体へのコミットが表明されています。

昨今では、ムーンショットをはじめ、あえて挑戦的な目標へのコミットメントを掲げることであらゆるリソースを集合・集積する重要性が指摘されていますが、「SAP and UN Global Goals」では、まず自事業と野心的な開発目標「SDGsへの関連に焦点があてられます。そこへのコミットからその具体と実質を紡ぎ、社会課題の解決に向けた多様なプレーヤーを束ね、エコシステム形成をリードすることで持続的な競争優位につなぐ戦略が、コンテンツ全体の文脈を通して想起されるところです。

下層ページでは、17の各目標に対する状況の説明(世界の今の状態や現実)から状況や課題を捉えるあたって必要な理解や解決への具体的な手段(テクノロジーの可能性など)が綴られます。これとともに、多様なステークホルダーとの協働、過去の実績と実際の成果、個々の取り組みとその連なりから、SAPが担う役割を提示。必然性のあるソリューションや各機関や組織への導入事例を通して、SAPのポジションが示されている、というのが大まかな流れです。

社会課題は複雑。正しい理解を形成する一つの鍵が、客観的で独立したデータ

「扱う社会課題が正しく理解されていない」

複雑な社会課題を考える上で、主観や勘違い、思い込みなどにより見解の相違が生じる点は多くの専門家に指摘されることです。事実と事実、信念と信念、イデオロギーの違い──…多様な利害関係者の間では、信じる解決手段が異なることもあるでしょう。心の中の光の部分から生まれた信念は固いものです。だからこそ互いにある真実に対する同意がなければ、摩擦や衝突が生まれます。どうすればよいでしょうか。

多様な利害関係者と現実への正しい共通理解を形成する一つの鍵は、“データ”です。
データとその裏側にある現実を見せること──…ただ、自分たちの立場からしか見ていないデータのみでは全体像を見失う恐れがあります。飢餓や貧困、地球環境などのテーマを扱う際には、全体像を浮かび上がらせる客観的で独立したデータが必要です。「SAP and UN Global Goals」の下層ページは、自社の取り組みを語る前に課題の実態に関する状況説明が様々なデータによってなされています。以下は、同コンテンツでリンクとともに用いられている量的事実の一部です。

〈量的事実の例〉
・米国の所得と貧困に関する年次報告書(米国勢調査局)
・世界の飢餓の実態に関する報告書(世界食糧計画)
・グローバルリスク報告書(世界経済フォーラム)
・「貧困と繁栄の共有2018:貧困パズルを組み立てる」報告書(世界銀行)
 (世界の貧困と繁栄の共有についての推定値と動向を分析した報告書)
・グローバル・フィンデックス・データベース(世界銀行)
・世界の人々の推定死亡数や高所得国と低所得国の死因の違いに関するデータ(世界保健機関)
・世界の子供たちの識字率に関するデータ(世界識字財団)…etc

データはマクロ的な統計から全体を俯瞰するだけでなく、個別の具体例やストーリーを入れた方が理解は深まります。「SAP and UN Global Goals」では、受賞歴のあるドキュメンタリー映画「1日1ドルで生活」や、途上国の農村地域にいる1人の少女へのインタビュー動画などに関する話などが、文脈に適宜編み込まれています。
それらは私たちに貧困や飢餓などにある人々の過酷な現実を少し感じさせてくれるものです。

事実から真実を掬う。思慮深いストーリーを組み合わせる

事実と真実は異なります。
事実とデータだけでは十分ではありません。

本来、真実の意味が存在しているのは、
無数に存在する、限りなくローカルな
点と点の重なり合いとその関係の中です。

しかし私たちは、それらすべての物事を見通すことなど出来ないと、
本当は分かっているからこそ、プロットから隠れた統一性を想像します。
(およそ象徴的な出来事をプロットして認識する歴史の事実も然り)

したがって紡ぎ手は、無数にある事実から真実を掬い取らなければいけません。
真実とストーリーの思慮深い組み合わせによって、自分たちと他者との間にある類似性を体験させながら、彼らが自身で至るべき結論に到達するのを手伝うのです。

「SAP and UN Global Goals」では、前述した地球や社会の課題に関する統計データのみではなく、テクノロジーや医療など各分野の研究開発における現状や各目標達成の実現可能性、各機関・組織の様々な活動からプロジェクトの実績や成果など、SDGsの達成に向けて現状を報せるに足る客観的な量的事実が豊富です(企業ならではの現実主義、データ中心の説得力は必要)。

一方、量的事実の裏側にリンクを交えて編み込まれているのは、動画や写真などを用いた“人”に焦点を当てた質的事実です。以下は、リンクを通して同コンテンツに含まれる質的事実の例です。内容はSAPの取り組みに関するものに限りません。

〈質的事実の例〉
貧困国で肺炎に苦しんでいる子供たちと支援の現場で向き合う人たちの声
支援によるスキル習得から雇用や明日への希望を話す、途上国のとある一人の女性
・ドキュメンタリー映画「1日1ドルで生活」をはじめとした各種フィルム
・失業により職と家を失った人と支援に取り組む人々の姿…etc

データの裏側に存在しているのは、“一人ひとり”です。
「SAP and UN Global Goals」では、多くのデータとともにSDGsに向かう世界中の政府や様々な組織・団体による動きとそのうねりの中でSAPの担う役割は描かれていますが、その中には人々がいます。
文脈に貼られるリンクはその裏側を伝える一つの手段ですが、全体を俯瞰する流れと細部の兼ね合いのなか、現場の人で織りなす多様なストーリーが随所に散りばめられています。

これら点と点の関係性において存在する意味、その複合や総体(あるいは連なり)によって支え訴えられるものが、単に顧客のニーズを満たすERPを提供する会社としてではない、もっと私たち人類にとって根源的な価値を共有する存在としての意義です。

自社と顧客。重なり合い、 互いの持続可能な競争優位に資するストーリーの螺旋

SAPの顧客には世界的なメーカーが多く含まれます。

「SAP and UN Global Goals」では、Purposeを基点に政府機関や業界の垣根を超えた様々なキープレーヤーを巻き込み、市場に高度な倫理規範に準拠したサプライチェーンのあるべき姿を創ろうとするSAPの姿が描かれています。形成するエコシステム総体で顧客に訴求する戦略でしょうか。

考えさせられたのは、顧客と価値観・ストーリーを共有する戦略です。

Purposeを証明するSAPのソリューションのように、顧客は自分たちの価値観や信念の証明としてSAPのソリューションを利用する。顧客は顧客であることによって、持続可能なサプライチェーンを世界に広げるSAPのストーリーに参加できる。価値観が合致していれば互いのストーリーに果たす役割が大きくなる──…結果として、重なり合うストーリーは、自社と顧客互いの持続可能な競争優位に資するというものです。

SAPの取り組みを見ていきます。たとえば、無料で提供される160のコースからなるオンラインの教育プログラムopenSAPでは、「サスティナビリティ」に関するコースを開講。サスティナビリティとビジネスイノベーションというテーマでは、サプライチェーンにおける顧客との調整の進め方などが、SAPの体験を交えて説明されます。デジタル変革によるサステナビリティでは、デジタル化がどのようにグローバル目標を達成するのに役立つかなどが語られます。

顧客の持続可能な発展やサプライチェーンにおけるアカウンタビリティなどに役立つとともに、顧客の行動に影響を与えることで、自社の環境面・社会面のサスティナビリティ活動の効果を高めていることがわかる取り組みの一例です。

昨今ではCSRやCSVの観点から購買業務のあるべき姿を問う声も少なくありませんが、たとえば紹介されるSAP Aribaは、ソリューション自体が責任ある購買や調達に資するもの。文脈には顧客の先にいる農家(顧客の調達先)などに向けたソリューションまでが含まれています。
SAPのソリューション事例や取り組みに関する例は、下記の通りです。

〈ソリューション事例や取り組みの例〉
SAP Aribaによるサプライチェーンリスク管理ソフトウェア提供企業「FRDM」への支援
SAP Aribaによる国連グローバルコンパクト(人権、労働、環境、腐敗防止の4分野・10原則からなる)への支援
世界的企業との協業や各種ソリューション導入事例に関する内容
透明性/持続可能な食品サプライチェーンの管理に資するソリューションの提供
発展途上国の小規模農家のデジタル化に資するソリューションのリリース
社会起業スタートアップのSAP HANAを活用したソリューション開発事例
SNV(オランダ最大の開発機関)のERPソリューション導入事例…etc

ここでは、報せるステーク・ホルダーとその取り組みにより、SAPひいては商材自体がどのように知覚されるか、についても考えさせられます。
なお、同じ商材でも目的とターゲットが異なるに伴い、訴求ポイントの切り口や力点は当然異なります。広範囲のステーク・ホルダー向けとは異なり、顧客向けの各種ソリューション・ページでは、商材に内在する性質に応じて表現要素の峻別と使い分けが明確でありながらも、会社として共通するアイデンティティの一貫性が維持されている点も留意すべきでしょう。

正だけでなく、潜在的な負の側面とも向き合う

イノベーションは常に理想的とは限らず、トレードオフを強いることがあります。
新技術の負の側面を無視しては、SDGsの「誰一人取り残さない-No one will be left behind」の理念成就はあり得ず、ましてや都合の良い所のみを切り取る未来への大義に期待はできません。

AIによる「新たな」雇用の創出と「奪われる」雇用の損失に関する議論はまだ終わっていませんが、
「SAP and UN Global Goals」では、これに関する事柄まで論じるとともに、その対策と可能性から倫理を据えたAIに関するSAPの指針へとつなげ、ステークホルダーとの対話から技術展望へと積極的に反映させる旨が示されています(同社が提供するソリューションにはAIが含まれます)。

また、SDGsへのコミットとPurposeが示されるトップページでは統合報告書2018へのリンクとともに、SAPの活動やソリューションにおける潜在的なプラス要因とマイナス要因(ネガティブ要因)が報告されていることに触れられています。

最近では「情報開示からストーリーへ」の文脈が統合報告書を解説する書籍や各種記事において見受けられますが、Purposeなど「Why」に属する情報から、人の直感や感情を司る脳の部位(大脳辺縁系)にアクセスしておくことで、無機質な数字情報が少なからずイメージで伝わるようになることは、せめてお伝えできることです。
そのほか、統合報告書(私の専門ではない)に関してはその道の専門家に譲ります。

あとがき

「SAP and UN Global Goals」を読む解くなかで、私自身大きな学びとなりました。
正直、私にはまだ社会課題の先端を捉えるインテリジェンス能力が不足していることを痛感しています。引き続き、私たちなりに精一杯、学習と研究を進めて参りますので、今後ともご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

長文にも関わらず、最後までお読みいただきありがとうございました。

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